はじめに|日本は本当に豊かな国であり続けられるのか?
日本は、世界でも有数の技術力を持ち、勤勉で、品質にこだわり、優れた製品やサービスを生み出してきた国です。
しかし、いつからでしょうか。
企業は人件費を削減し、消費者は少しでも安い商品を探し、取引先には値下げを要求し、働く人の賃金はなかなか上がらない。
良いものを作っても価格を上げられない。
人を育てるより、必要なときに外部から調達する。
長期的な成長より、目先の利益を優先する。
その結果、日本は何を失ってしまったのでしょうか。
私は、日本経済の長期停滞には、単なる少子高齢化や国際競争力の低下だけでは説明できない、社会全体に広がった構造的な問題があると考えています。
それは、「人を安く使う」「商品を安く売る」「取引先から安く買う」という、安さを優先する経済構造です。
本来、企業が成長するためには、商品やサービスの価値を高め、適正な価格で販売し、利益を確保し、その利益を人材育成や賃金、設備投資に還元する必要があります。
しかし、日本では長い間、その逆の方向に進んできたのではないでしょうか。
今回は、日本経済が抱える問題を、雇用、賃金、価格競争、外国人労働者、少子化、企業倫理という視点から整理し、これから何を変えるべきなのかを考えます。
⸻
1.日本経済を蝕んだ「安ければ良い」という価値観
日本では、いつの間にか安いことが正義になってしまいました。
例えば、次のような光景は珍しくありません。
* 取引先に対して、毎年のように値下げを要求する。
* 良い商品を作っても、価格を上げることに抵抗がある。
* 人件費を削減することが経営努力だと考える。
* 安い人材を確保することが企業の競争力だと考える。
* 消費者も品質やサービスより、まず価格を比較する。
* 下請け企業が利益を削ってでも仕事を受けざるを得ない。
もちろん、安くて良い商品を提供すること自体は悪いことではありません。
問題は、品質やサービスの価値を高めることよりも、価格を下げることばかりが競争の中心になってしまったことです。
例えば、10万円の価値がある商品を、企業努力によって8万円で提供できるなら、それは素晴らしい経営努力かもしれません。
しかし、本来10万円の価値があるものを、取引先や消費者からの値下げ要求によって7万円、6万円と下げ続けたらどうなるでしょうか。
利益が減り、従業員の賃金を上げられず、設備投資もできず、次の商品開発にもお金を使えなくなります。
そして、最終的には品質やサービスの維持すら難しくなります。
日本は、価格を下げる努力には熱心だった一方で、価格を上げられるだけの価値を生み出す努力や、その価値を正当に評価してもらう努力が不足していたのではないでしょうか。
安く売ることと、良い経営をすることは同じではありません。
2.人材派遣制度の拡大と、企業が人を育てなくなった問題
日本の雇用構造も大きく変化しました。
1986年に労働者派遣法が施行され、その後、1999年の対象業務の原則自由化、2004年の製造業への派遣解禁などを経て、派遣労働が広く活用されるようになりました。
派遣制度には、専門人材の活用や一時的な人手不足への対応など、必要な役割があります。
しかし、問題は派遣という制度そのものではありません。
企業が長期的に人を雇用し、教育し、技能を継承することよりも、必要なときに必要な人数を外部から調達することを優先するようになったことです。
正社員を採用すれば、長期的な雇用責任や教育投資が必要になります。
一方、派遣を利用すれば、派遣契約の範囲で必要な期間だけ人材を活用できます。
企業にとっては、固定費や雇用リスクを抑えやすい仕組みです。
しかし、社会全体で考えたらどうでしょうか。
* 企業が自社で人材を育てなくなる。
* 若い人が安定した雇用を得にくくなる。
* 長期的な技能継承が難しくなる。
* 労働者が将来の生活設計を立てにくくなる。
* 賃金が上がりにくくなり、消費も伸びにくくなる。
個々の企業にとって合理的な選択が、日本全体の経済にとって合理的とは限らないのです。
派遣を必要な場面で活用することは否定しません。
しかし、恒常的な人員を安く確保するために派遣を利用することが当たり前になれば、企業が人を育てる文化は衰退してしまいます。
3.技能実習制度と外国人労働者の低賃金依存
1993年に創設された技能実習制度は、本来、開発途上国への技能移転を目的とした制度でした。
しかし、実際には人手不足を補う労働力として利用される側面が強くなり、低賃金、長時間労働、賃金不払い、転職の難しさなど、多くの問題が指摘されてきました。
なお、2010年の制度改正以降、技能実習生には原則として労働関係法令が適用され、最低賃金も保障されています。最低賃金以下で働かせることが合法だったわけではありません。
それでも、安価な労働力を確保することで、企業が本来取り組むべき業務改善や生産性向上、賃金改善を先送りしてしまう構造が生まれた可能性があります。
ここで誤解してはいけないのは、外国人労働者が問題なのではないということです。
問題なのは、外国人を安い労働力として扱う企業側の経営姿勢と、それを許してしまう制度運用です。
外国人労働者も、日本人と同じように生活し、消費し、税金や社会保険料を負担し、社会を支える存在です。
安く働いてもらうことを前提にした外国人雇用ではなく、能力を高め、長く働いてもらい、企業と共に成長する外国人雇用へと変えていかなければなりません。
特定技能制度についても、単に人手不足を埋めるための制度として考えるべきではありません。
特定技能1号から2号への移行も視野に入れ、技術、日本語能力、責任ある仕事を任せられる能力を育てていく。
そして、日本人と外国人の間で不合理な賃金格差を生まないこと。
外国人を採用することが企業の成長につながり、本人の人生の成長にもつながる。
そのような雇用のあり方が必要です。
4.賃金が上がらない国では、消費も経済も成長しにくい
企業が人件費を削減すれば、短期的には利益が増えるかもしれません。
しかし、労働者の所得が増えなければ、国内消費も伸びにくくなります。
飲食店で食事をする。
旅行に行く。
家を購入する。
車を買い替える。
子どもの教育にお金を使う。
こうした消費は、働く人の所得によって支えられています。
つまり、企業が労働者の賃金を抑え続けることは、自社の商品やサービスを購入する人の購買力を抑えることにもつながります。
企業がコスト削減を進めても、国内市場そのものが縮小してしまえば、長期的な成長は難しくなります。
日本の賃金停滞は、国際的にも大きな課題です。
OECDの2025年の資料では、日本の実質賃金は2021年第1四半期から2025年第1四半期にかけて累積で約2%減少したと報告されています。
名目賃金が上がっても、物価上昇に追いつかなければ、生活は豊かになりません。
企業が利益を確保し、その成果を賃金に還元し、消費が増え、さらに企業の売上が伸びる。
この好循環を作ることが必要です。
5.中小企業が適正な利益を確保できない日本の取引慣行
日本の経済を支えているのは、大企業だけではありません。
多くの中小企業が、製造、建設、物流、介護、飲食、サービスなど、あらゆる産業を支えています。
しかし、中小企業は価格決定力が弱く、原材料費や人件費が上昇しても、販売価格に十分反映できないケースがあります。
2025年版中小企業白書・小規模企業白書でも、コスト全般の価格転嫁率は直近で約5割にとどまり、取引段階が下流になるほど価格転嫁が難しくなる傾向が示されています。
また、適切な価格設定ができている企業ほど、収益向上、設備投資、賃上げにつながる傾向も分析されています。
つまり、適正価格で販売することは、単に企業が儲けるためだけではありません。
従業員の賃金を上げ、設備を更新し、新しい技術を導入し、次の成長に投資するために必要なのです。
大企業が利益を確保する一方で、下請け企業が利益を削らなければ仕事を受けられない。
これでは、産業全体が強くなることはありません。
発注する側も、受注する側も、適正な利益を確保できる取引環境が必要です。
6.少子化は、将来の日本経済を支える人材が減る問題
日本の人口は2008年をピークに減少局面に入りました。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、出生中位・死亡中位の場合、2070年の総人口は約8,700万人になると推計されています。
人口減少は、単に子どもの数が減るという話ではありません。
* 働く人が減る。
* 国内で商品やサービスを購入する人が減る。
* 税収や社会保険料の担い手が減る。
* 地方の産業や交通、商店を維持できなくなる。
* 企業が国内市場だけで成長することが難しくなる。
そして、少子化の背景には、若い世代の所得、雇用の安定、住宅費、教育費、子育て環境など、さまざまな問題があります。
子どもを産んでくださいとお願いするだけでは、出生率は改善しません。
安心して結婚し、子どもを持ち、育てられる経済環境を整える必要があります。
保育園や学童の整備、教育費の負担軽減、住宅支援、男女ともに働きながら子育てできる環境づくり。
これらは福祉政策だけではなく、日本の将来の労働力と消費市場を守る経済政策でもあります。
外国人労働者を受け入れることも必要な選択肢ですが、それだけで日本の人口減少を解決することはできません。
日本人が安心して子どもを育てられる社会を作ることも、避けて通れない課題です。
7.短期的な利益を優先し、社会全体の信用を失っていないか
もう一つ、見過ごせない問題があります。
それは、企業や専門家、取引関係における倫理観の問題です。
例えば、建設業界における談合、不適切な保険金請求、下請け企業への不当な負担の押し付け、外国人労働者に関する不適切な制度運用などです。
もちろん、すべての企業や専門家がそうだという話ではありません。
しかし、短期的に利益を得るために、不正や不適切な行為を見逃したり、問題を指摘しなかったりすることがあれば、真面目に取り組んでいる企業が不利になります。
士業や専門家も同じです。
顧客から報酬を受け取っているからといって、法律や制度に反する行為を見逃してよいわけではありません。
専門家には、顧客の希望を何でも実現することではなく、適法で適切な解決方法を示す責任があります。
不正をした方が儲かり、正しく仕事をする企業が損をする。
そんな社会であってはなりません。
公正な競争ができる環境を整え、違反には適切な責任を求めることが必要です。
8.インターネットで情報が簡単に手に入る時代、本当に価値があるものは何か
現在は、インターネットを使えば、多くの情報や知識を簡単に手に入れることができます。
商品価格も比較でき、企業の評判も調べられ、専門的な知識もある程度は自分で調べられます。
しかし、情報が簡単に手に入ることと、実際に問題を解決できることは別です。
情報を持っているだけでは、企業の売上は伸びません。
知識を持っているだけでは、人材は育ちません。
求人情報を掲載するだけでは、長く働いてくれる人材は確保できません。
これから価値が高まるのは、情報そのものよりも、情報を使って判断し、行動し、責任を持って問題を解決する能力ではないでしょうか。
価格の安さだけで選ばれる企業ではなく、信頼や専門性、サービスの質で選ばれる企業になること。
これが、これからの時代に必要な競争力だと考えます。
⸻
9.では、日本は本当はどうすれば良かったのか?そして、これから何をすべきか
ここまでの問題を整理すると、日本が目指すべき方向は明確です。
安さを追い求める経済から、価値を高める経済へ。
人を安く使う経営から、人を育てる経営へ。
短期的な利益から、長期的な企業価値へ。
私は、次のような改革が必要だと考えています。
① 商品やサービスの価値を高め、適正な価格で販売する
価格を上げることを悪いことだと考えない。
品質、技術、サービス、専門性を高め、その価値に見合った価格を設定する。
値上げをするだけではなく、顧客が納得できる付加価値を生み出すことが重要です。
② 中小企業が適正な利益を確保できる取引環境を作る
発注側が一方的に価格を決めるのではなく、原材料費、人件費、設備費などを考慮した価格交渉を当たり前にする。
利益が残らなければ、賃上げも設備投資も人材育成もできません。
③ 派遣や外部人材への過度な依存を見直す
派遣制度を否定するのではなく、専門性や一時的な需要への対応という本来の役割を重視する。
恒常的な労働力を安く調達することに依存せず、企業が自社で人を育てることに価値を置く。
雇用形態にかかわらず、公正な待遇を実現することも必要です。
④ 外国人労働者を安価な労働力ではなく、長期的な人材投資として考える
外国人を採用して終わりにしない。
日本語能力、専門技術、資格取得、キャリア形成を支援し、企業の成長に貢献できる人材に育てる。
特定技能1号から2号への移行も視野に入れ、長く日本で活躍できる環境を整える。
⑤ 日本人の賃金を上げ、消費を増やす
賃上げを単なる企業負担として考えるのではなく、国内市場を育てる投資として考える。
企業が適正な利益を確保し、その利益を働く人に還元する。
所得が増えれば消費が増え、企業の売上にもつながる。
⑥ 少子化対策を国家の最優先課題の一つにする
若い世代が安心して家庭を持てる所得と雇用を確保する。
教育費、住宅費、保育環境などの負担を社会全体で軽減する。
人口減少は短期間で解決できないからこそ、今から取り組まなければなりません。
⑦ 真面目に経営する企業が報われる社会にする
談合、不正請求、不当な取引、違法な労働などを見逃さない。
法令を守り、人材を育て、適正な利益を確保する企業が正当に評価される市場を作る。
企業倫理を個人の良心だけに任せず、公正な競争環境を制度として整える必要があります。
⸻
10.なぜ、これだけ問題が分かっていても変わらないのか?
ここが最も難しい問題かもしれません。
なぜ、日本は変わらないのでしょうか。
私は、変えた方が良いと分かっていても、変えることによって短期的に損をする人や企業がいるからだと考えています。
例えば、安く商品を仕入れている企業は、仕入価格が上がれば利益が減る可能性があります。
安い人件費で経営してきた企業は、賃金を上げれば短期的な利益が減ります。
安い価格で商品を購入してきた消費者も、値上げには抵抗があります。
派遣や安価な労働力に依存してきた企業も、経営の見直しが必要になります。
さらに、長年続いてきた取引慣行や業界の仕組みを変えるには、時間も労力もかかります。
そして、誰かが最初に価格を上げれば、顧客を失うかもしれない。
誰かが先に賃金を上げれば、競合企業との価格競争で不利になるかもしれない。
だから、みんなが変えた方が良いと思っていても、誰も最初の一歩を踏み出せない。
しかし、全員が変わらないままでは、何も変わりません。
だからこそ、企業単独の努力だけではなく、取引慣行や制度、消費者の意識も変えていく必要があるのです。
⸻
11.それでも、すでに変わり始めている企業は利益を生み出している
ここで、忘れてはいけないことがあります。
すべての企業が苦しいわけではありません。
人手不足や物価高の中でも、独自の技術やサービスを磨き、価格決定力を高め、適正な利益を確保し始めている企業があります。
2025年版中小企業白書でも、適切な価格設定に取り組む企業ほど、収益向上や設備投資、賃上げにつながる傾向が示されています。
つまり、すでに変化は始まっています。
例えば、
* 他社と同じ商品を安く売るのではなく、独自の商品を開発する。
* 価格競争ではなく、専門性や品質で選ばれる企業になる。
* 人件費を削るのではなく、教育によって一人当たりの付加価値を高める。
* 安い仕事を大量に受けるのではなく、利益の残る仕事を選ぶ。
* 顧客に言われた価格で仕事をするのではなく、自社の価値を説明して価格交渉する。
こうした取り組みを始めている企業は、価格競争から抜け出す可能性を持っています。
大切なのは、値上げそのものではありません。
値上げできるだけの価値を作ることです。
そして、その価値を正当に評価してもらうことです。
これからの日本では、安く売る企業よりも、価値を高めて適正な価格で選ばれる企業が成長できる環境を作らなければなりません。
⸻
12.私たちは、次の世代にどのような日本を残したいのか
私は、日本の経済を本気で良くしたいと思っています。
短期的には、外国人材の適切な受け入れや育成も必要です。
しかし、長期的には日本人の人口を維持し、子どもを増やし、次の世代が安心して働き、生活できる国にしていかなければなりません。
外国人を安く使って人手不足を解決したつもりになるのではなく、日本人も外国人も、共に能力を高め、正当な報酬を得られる社会にしたい。
企業も働く人も、取引先も、消費者も、誰か一人だけが得をするのではなく、全体が豊かになる経済を作りたい。
そのためには、企業が利益を出すことを悪いことだと考えてはいけません。
企業が利益を出さなければ、賃金も上げられず、人材も育てられず、次の投資もできません。
ただし、その利益は、誰かを不当に安く使ったり、取引先に負担を押し付けたりして生み出すものではなく、価値を生み出した結果として得られるものであるべきです。
人を安く使って利益を出す時代から、人を育て、価値を高め、適正な利益を生み出す時代へ。
日本が本当に豊かな国であり続けるためには、この方向に変わらなければならないと考えています。
そして、これは国や政治家だけに任せる問題ではありません。
一人ひとりの経営者が変わること。
取引先との関係を見直すこと。
働く人を大切にすること。
商品の価値を正当に評価すること。
次の世代に投資すること。
まずは、私たち企業から始める必要があります。
最後に、皆様にお聞きしたいことがあります。
もし、今までの日本の経済構造を変えるために、皆様が経営者だったら、何から始めますか?
今まで安く提供していた商品やサービスの価格を見直しますか?
従業員の賃金を上げるために、取引先と価格交渉を始めますか?
人を採用するだけではなく、自社で育てる仕組みを作りますか?
外国人労働者を単なる人手不足の解消ではなく、将来の会社を支える人材として育てますか?
それとも、子どもを育てやすい職場づくりから始めますか?
私は、どれか一つでも構わないと思っています。
大切なのは、今までと同じことを続けないことです。
少なくとも、すでに自社の価値を高め、適正な価格を設定し、人材に投資し始めた企業は、利益を生み出すための新しい道を切り開いています。
日本の未来は、誰かが変えてくれるのを待つだけでは変わりません。
皆様なら、何から変えますか?
一緒に考え、行動していきたいと思います。
⸻
株式会社ジョブハート
代表取締役 渡邉 誠一郎
人材不足の解消だけでなく、人材育成、外国人雇用、経営改善を通じて、中小企業が持続的に成長できる環境づくりを支援しています。







