技能実習生の管理の仕方に、私は以前から疑問を持っています。

問題は「管理」そのものではありません。
問題は、その管理の仕方が“学ばせない管理”になっていることです。

これまでの
技能実習制度
では、多くの現場で保護型の運用がなされてきました。

手続きは会社主導。
費用は立て替え。
問題は周囲が先回りして処理する。

一見すると手厚い支援です。
しかしその環境の中で、「本人が考える機会」はどれだけあるでしょうか。

ある具体例

技能実習から
特定技能制度
へ移行した方の事例です。

在留カードの更新手続きのため、
期限と必要書類、収入印紙代6,000円を事前に明確に伝えました。

「遅くとも火曜日の朝までに送ってください」と何度も確認しました。

しかし、期限当日になって
「お金がない」「社長に出してもらう予定だった」と連絡があり、
結局必要書類は揃いませんでした。

別の場面では、
入社に必要な健康診断も直前まで実施せず、
「お金がない」と言われ立て替えたこともあります。

給料支給後の返済も、
「振込方法が分からない」という理由で先延ばしになりました。

こうしたケースは、残念ながら一度きりではありません。
技能実習出身の特定技能人材に、一定数見られる傾向です。

これは個人の問題なのか

私は、単純に「本人の意識が低い」と片付けるべきではないと考えています。

なぜなら、

・費用は誰かが出してくれる
・期限を守らなくても大きな問題にならない
・最終的には誰かが何とかしてくれる

という環境の中で過ごしてきた場合、
それが“当たり前”になってしまうからです。

「考えなくても成立する環境」が、
考えない行動を強化してしまいます。

管理の目的が統制だけになると

問題を起こさせないこと。
トラブルを減らすこと。

そこだけに焦点が当たると、
本人が責任を負う経験が減ります。

しかし現在の特定技能制度は、
労働者としての契約です。

求められるのは、
指示待ちの作業員ではなく、
自ら考え、準備し、責任を持てる人材です。

人は経験を通してしか成長しない

期限を守らなければ手続きが遅れる。
費用を準備しなければ進まない。

その現実を経験して初めて、
「次はどうするか」を考えるようになります。

すべてを代わりにやることは簡単です。
しかしそれでは“考える脳”は育ちません。

支援する側に足りないもの

それは「育てる」という視点です。

生活支援は、
依存を生むことが目的ではありません。

本来は、段階的に手を離し、
自立へ導くプロセスであるべきです。

・責任の所在を明確にする
・準備は本人にさせる
・結果は本人に帰属させる

その積み重ねが、
社会の一員としての自覚を育てます。

外国人材を単なる労働力として扱うのか。
それとも共に社会を支える人材として育てるのか。

管理の目的は統制か、それとも成長か。

成長には時間と手間がかかります。
しかしその過程を省略すれば、問題は必ず将来、
より大きな形で現れます。

私たちは、
成長のための管理を選び続けます。