今回、同時に二人の発展途上国出身の若者を受け入れました。
同じ技能実習制度を経て、同じ条件で日本に来日しています。

しかし、行動は正反対でした。

■ 片方の子は、こうでした

・事前に伝えた準備をすべて実行
・必要な連絡も事前にあり
・ささやかですが、お土産まで用意してきた

完璧ではありません。
でも、相手の立場を考えようとする姿勢がありました。

■ もう片方の子は、こうでした

・事前連絡なし
・言われた準備はほぼ未実施
・日本に着いてから
 「お金がない」
 「姉から振り込ませるから口座を教えてほしい」

空港から静岡へ移動している最中です。

私は突然言われました。
しかし、私にもすぐに現金を下ろせる口座はありません。
結果、クレジットカードで立て替えるしかない。

これは「助けた・助けない」の話ではありません。

【問題の本質】

問題は、
言われたことと違う行動を取ったとき、相手に何が起きるかを想像できていないことです。

・相手にどれだけのストレスがかかるか
・どれだけ余計な時間が奪われるか
・どれだけ無駄な経費が発生するか

それを考えず、
「来てからやればいい」
「何とかしてくれるだろう」
と、勝手に変更する。

これは外国人に限りません。

【日本人も同じではないか】

実は、日本人でも同じことが起きています。

「忙しいから」と言われ、
申請や手続きを放置する。
その結果、困るのは
・会社
・働きたい外国人
・現場の人間

それを見かねて、私が代わりに動く。
でも、謝礼はない。
感謝もない。

結果的に、都合よく使われ、搾取され続ける構造です。

これはもう、
「外国人がズレている」の話ではなく、
人としての感覚が壊れてきている社会の話だと思います。

【技能実習制度が残したもの】

技能実習制度は
・指示された仕事はやらせる
・考えることは求めない
・準備や配慮は教えない

その結果、

・事前に準備しない
・変更を相手に伝えない
・迷惑がかかる想像をしない

こうした感覚が、
「当たり前」になってしまった人を生み出してきました。

【生活支援員として、私がやるべきこと】

だから私は、
生活支援を「便利屋」にはしません。

・なぜ事前にできなかったのか
・なぜ変更を伝えなかったのか
・その結果、誰に何が起きたのか

必ず言葉にして伝えます。

嫌われても構いません。
考えさせなければ、人は育たないからです。

【結論】

支援とは、
先回りすることではない。
代わりにやることでもない。

支援とは、
相手の立場を想像できる人に育てること。

それができなければ、
外国人でも日本人でも、
社会は必ず歪み続けます。

私は、
生活支援員として
「人としての感覚」を取り戻す支援を続けていきます。