本日、特定技能1号として3年間働いていたベトナム人の支援者が、日本での就労を終え、帰国しました。

当初は特定技能2号を目指し、日本で長く働きたいという意思を持って来日しましたが、途中で「別のやりたいことが見つかった」「気功で治療を行う学校に通いたい」という理由から、帰国を決断しました。
人生の選択は本人のものですし、その決断自体を否定するつもりはありません。

ただ、今回の一連の出来事を通して、生活支援の難しさを改めて強く感じました。

辞めると決めた後に本来必要なこと――
住居の退去手続き、原状回復、電気や通信契約の解約、未払いの精算、WiFi機器の返却、移動手段の確保。
それらは「辞める」と決めた瞬間に自然に消えるものではなく、必ず誰かが対応しなければならない現実です。

しかし実際には、帰国日と航空券だけが先に決まり、
「送ってほしい」「捨ててほしい」「支払いを代わりにしてほしい」「チケットの買い方が不安だから手伝ってほしい」
そうした依頼が、直前に次々と出てきました。

それを引き受けることで、
こちらの予定が削られ、仕事の段取りが変わり、移動時間や労力が発生する。
その“見えない負担”への想像が、ほとんどないまま「ありがとう」と言われる。

正直に言うと、その言葉はあまり心に残りませんでした。
感謝の言葉が足りないのではなく、
何に対する感謝なのかを理解していないまま発せられていると感じたからです。

ここで強く感じたのは、これは国籍の問題ではないということです。
日本人であっても、同じように
人の手を借り、人の時間を使いながら、
その清算をしないまま「終わったこと」にしてしまう人はいます。

つまりこれは、文化や言葉の違いではなく、
人としての成熟度の差なのだと思います。

生活支援とは、
書類を代わりに書くことでも、
送迎をすることでも、
困ったことをすべて引き受けることでもありません。

本来は、
「自分で考え、自分の選択に責任を持つ力」を
少しずつ身につけてもらうためのものです。

振り返ると、支援する側である自分にも反省があります。
相手のためと思って、
本来は本人が考え、動くべきところまで手を出してしまった。
早い段階で
「ここから先は自分でやるべきこと」
という線引きをしなかった。

支援する側がやり過ぎれば、
支援される側は考えなくなる。
これは生活支援において、最も難しい部分だと感じています。

それでも――
日本で3年間、働いてくれた事実は変わりません。
その時間と努力に対しては、心からこう言いたい。

それでも、日本で働いてくれてありがとうね。